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【83】文学としてのととろ A2C 03/3/25(火) 4:46
┗ 【84】Re:文学としてのととろ M 03/3/25(火) 21:24

【83】文学としてのととろ
 A2C E-MAIL  - 03/3/25(火) 4:46 -

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   はじめまして。

皆さんに質問があります。
今度、大学(アメリカ)の日本文学の授業で『となりのトトロ』を扱うのですが、皆さんだったらどのような授業を行いますか?

ただ見て楽しい授業ではなく、『ととろ』の話の根底にある主題や主張などを深く吟味できる授業をと考えているのですが、残念ながらあまり知識がなく、インターネットで調べてみても、娯楽としての『ととろ』しか情報が見つかりませんでした。文学として『ととろ』を味わうポイントなど皆さんはどのようにお考えでしょうか?

よろしくおねがいします。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; Mac_PowerPC)@uzbekistan.fll.purdue.edu>

【84】Re:文学としてのととろ
 M  - 03/3/25(火) 21:24 -

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   <ととろ>から私が感じたり発見したのは… 1.) 昔の日本人は、自然に対して畏敬の念をもって敬っていたこと2.) ↑に似ているかもしれませんが、さつきちゃんが雨宿りをお願いするシーン・めいちゃんが御稲荷さんにびくっとしてさつきちゃんに抱きつくシーン・御神木に挨拶にいくシーン…太陽・水・風・火・土地など、全てに神が宿っていると思われていたり、合掌されていた時代があったんだな…と。そんな風に神妙な思いを抱きました。そして、喃語の子供が植木に話かけているのも、もしかすると…と思ったりしました(^^ゞ 視点がちがうかも…スミマセン。
<DoCoMo/1.0/N503i/c10@proxy214.docomo.ne.jp>

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